伊藤博文が、韓国の民族運動家である安重根(あんじゅうこん、アンジュングン)によって暗殺された事件です。日韓協約によって保護国化進むなか、日本の韓国統監府初代統監だった伊藤博文のハルビン訪問を知った安重根は、1909年10月26日、ハルビン駅頭に於いて短銃3発で伊藤を射殺しました。安は、その場で逮捕され、旅順に送られた後、裁判に付せられ、翌年3月に死刑となります。しかし、安の朝鮮独立維持の思いとは逆に、日本は前統監の暗殺を機に、朝鮮の抗日運動を抑えることを口実に、1910年8月22日、韓国併合条約を締結して韓国併合を行い、朝鮮の日本植民地化を完成させたのでした。