皇道派(こうどうは)とは、大日本帝国陸軍内に存在した派閥で、北一輝らの影響を受けて、天皇親政の下での国家改造(昭和維新)を目指し、対外的にはソビエト連邦との対決を志向していました。1920年代後半に宇垣一成陸相のもとで形成された宇垣閥に反発していた一派の系譜をひく荒木貞夫・真崎甚三郎を中心とする派閥です。
そのため、荒木が犬養内閣にて陸軍大臣に就任すると、三月事件、十月事件の首謀者らが排斥されるようになり、さらに皇道派への露骨な優遇人事が行われるようになりました。この結果、皇道派に属しない非皇道派の中堅層が纏まっていき統制派となっていきました。
後に統制派が軍中央を押さえると、陸軍中枢部から皇道派が排除されていき、皇道派の若手将校による過激な暴発事件が起きるようになり、最後に二・二六事件を引き起こした後、衰退していきました。