天保の改革(てんぽうのかいかく)とは、水野忠邦が老中首座になった1841年から1843年のおよそ2年間行われた改革です。 徳川吉宗の享保の改革、松平定信の寛政の改革と並んで江戸時代の三大改革とされていますが、期間・実績の乏しいものとなっています。
主な内容としては、
・薪水給与令(清のアヘン戦争敗北を受けて異国船打払令の撤回)
・人返し令(農村出身の江戸滞在者を強制帰郷)
・上知令(江戸・大坂を幕府の直轄地化)
などがありました。上知令の反発を受けて水野忠邦が退陣となり、天保の改革は中途で挫折しました。