平民新聞は、平民社から出された週刊新聞です。1903年から1905年にかけて全64号を刊行しました。第1号には堺利彦と幸徳秋水の署名のある「発刊の序」が掲載されました。1901年(明治34年)に幸徳らによって結成されながらも直ちに禁止された社会民主党の精神を引き継ぎ、その後の日本における社会主義運動に大きな影響を与えました。
第53号(1904年(明治37年)11月13日)では、新聞創刊1周年の記念として、堺と幸徳の共訳で『共産党宣言』が訳載されましたた。この翻訳はサミュエル・ムーア訳の英語訳からの重訳でしたが、日本における最初の『共産党宣言』の翻訳でした。