自民党・社会党・新党さきがけの3党連立内閣とは、「自社さ連立政権」のことです。1994年6月30日から1998年6月までの空いたで、自由民主党・日本社会党(社会民主党)・新党さきがけによる連立政権です。羽田孜政権が発足すると、非自民8党派の中で与党第一党だった日本社会党は反発して連立を離脱し、政権は少数与党となりました。野党に転落していた衆院第一党の自民党は、政権復帰のために長年のイデオロギー対立を超えて、社会党と連立を組むことを決め、自民党が羽田孜内閣不信任案を提出して成立。社会党委員長の村山富市が首相に就任して、村山内閣が発足しました。その後、自民党の橋本龍太郎内閣となり、1997年9月に自民党が衆院での過半数を回復すると、社さ両党は閣外協力に転じました。1998年に入ると社民党と自民党の不一致は拡大していき、1998年6月に閣外協力も解消されました。