海舶互市新例(かいはくごししんれい)とは、1715年に新井白石が長崎貿易改革の一環として発布した法令の総称です。正徳の治の下で行われた政策の一つに数えられます。この法令では、当時日本側の銅不足により生じていた貿易の停滞を解消するため、輸出入を制限することを定めたほか、密貿易を取り締まる目的で、信牌(しんぱい)と呼ばれる通商許可証を発給することを取り決めました。こうした改革は、銅の輸出にもとづく貿易体制の確立を目指すとともに、幕府の直轄都市・長崎の行財政の健全化を図るものでした。
文治政治で安定支配を目指した江戸中期と元禄文化江戸時代中期、幕府はそれまでの武力による高圧的な「武断政治」から、穏健的な「文治政治」へと支配体制を転換させます。 幕府の政治姿勢を変えるきっかけとなったのは、3代将軍徳川家光の死後に発生した「慶安の変」(「由井正雪の乱」)でした。 本記事では江戸時代中期に転換期を迎え繁栄を支えた政治体制から、安定した世の中で発展した元禄文化までを掘り下げています。 武断政治から文治政治へ:穏健主義で安定支配を目指した元禄時代 徳川綱吉:学問愛と「悪法」生類憐みの令 貨幣の改鋳:財政難に苦しむ幕府 新井白石と正徳の治 町人文化が花開く:元禄文化 江戸幕府中期の支配体制、その後の江戸時代に影響を与えた思想・文化までラジレキが独自解説します。09.発展する経済・文化 #22