細川勝元(ほそかわ かつもと)は、室町時代中期の武将・守護大名。室町幕府において管領を歴任し、8代将軍足利義政の実弟・義視の後見人となります。応仁の乱の東軍総大将として知られています。応仁の乱のさなかの1473年に西軍総大将の山名宗全が亡くなると、自身も後を追うかのように同年数ヶ月後に死去。死因は病死と言われていますが、山名派による暗殺説もあります。
足利義政と長期化する応仁の乱足利義満の死後、足利義持は父である足利義満に反発した政策をとりますが、大名の統率が取れずに土一揆も勃発するなど、治世が乱れ始めます。 足利義持の政治と大名たちの台頭 くじ引き将軍足利義教の恐怖政治と終焉 家督相続が複雑に絡み長期化する応仁の乱 歴史年表だけでは語り尽くせない彼らの野望、戦略、そして後の時代への影響を、ラジレキが独自解説します。 ## 波乱を呼んだ「相続争い」と土一揆の勃発 室町幕府第3代将軍「足利義満」は、南北朝の合一を果たし、長く続いた南北朝時代を終わらせました。 義満の死後、後継者の地位をめぐる争いや、社会不安の拡大により、民衆による一揆・蜂起が頻発し、世の中は混乱へと向かっていきます。 07.動乱の戦国時代 #19