ラジレキ

要点から背景まで、流れでおさえる日本史の全体像

日本史の学び直し.com

  • 日本の夜明け
  • 大和王権と古墳文化
  • 古代国家の成立
  • 権力闘争と貴族の時代
  • 武士階級の台頭
  • 武家社会の動揺
  • 動乱の戦国時代
  • 幕藩体制の始まり
  • 発展する経済・文化
  • 揺らぎ始める幕藩体制
  • 明治維新と近代国家の形成
  • 脱亜入欧、日清・日露戦争
  • 第一次世界大戦
  • 第二次世界大戦
ラジレキ

応仁の乱

応仁の乱(おうにんのらん)は、室町時代中期の応仁元年(1467年)に発生し、文明9年(1477年)までの約11年に及んで継続した内乱。応仁・文明の乱とも言われます。

室町幕府の三管領家である畠山氏と斯波氏、それぞれの家督争いに端を発し、足利将軍家の後継者問題も絡み、そして幕政の中心であった細川勝元と山名宗全の二大有力守護大名の勢力争いも重なって、幕府勢力が東西に分かれて争う大戦乱に発展、さらに各々の領国でも争いが拡大していきました。明応2年(1493年)の明応の政変と並んで戦国時代移行の原因とされています。

応仁の乱の経過は、複雑すぎるので、はしょります。単純に東軍と西軍が固定化できず、あっちについたり、こっちについたりとみんなぐちゃぐちゃに行動しました。

関連する学び直しノート