山東出兵(さんとうしゅっぺい)とは、田中義一内閣が、中国全土の統一をめざす国民革命軍の北上を阻止するため、在留邦人の保護を名目に山東省へ出兵したことです。1927年(昭和2年)から1928年(昭和3年)にかけて、3度にわたって行った中華民国山東省へ派兵しました。1928年4月の第二次出兵では済南事件(チーナンじけん)を引き起こし、その結果、中国民衆の排日運動が激化しました。
大正デモクラシー|国際協調の理想と挫折第一次世界大戦の終結をきっかけに、日本は国際社会での存在感を強めていきました。 \ 国際協調と民主主義の理想を掲げ、政治や外交の面で大きな転換期を迎えます。 国際連盟への加盟と、協調外交の推進 政党内閣の成立と「憲政の常道」 普通選挙法の制定による選挙権の拡大 ワシントン体制下での軍縮と平和への期待 一方で、経済の混乱や社会不安がその理想を揺さぶり、国際情勢の変化とともに協調路線は行き詰まっていきます。 \ 激動の時代、大正デモクラシーの光と影を、ラジレキが独自解説します。 13.第一次世界大戦 #32