大政奉還(たいせいほうかん)とは、1867年に京都の二条城にて、15代将軍・徳川慶喜が政権を返上すると宣言したことです。幕府がどうして政治をしているのか?それは、朝廷から大政を委任されているという大政委任論という考え方がありました。これを踏まえて、幕府が朝廷から委任されていた「大政」を朝廷に「奉還」すなわちお戻し致しますということです。
ただし、この大政奉還を経ても徳川慶喜は諸藩への軍事指揮権を有することが朝廷から認められていて、幕府自体が廃止されるのは王政復古の大号令を待たなければなりません。
じゃあ、なんで徳川慶喜は大政奉還なんてものをしたかというと、これは「幕府独裁制の修正宣言」ですね。幕府が独り占めしていた「大政」は返上したよ。これからは徳川家も一大名として、みんなと一緒に政治をやろうと思うよ。あっでもみんな徳川家よりも経験も人材も経済力もないみたいだね?じゃあ徳川家が一大名ではあるものの筆頭として、頑張って汗かくね!という方向にもってこうとしていたわけです。
こうすることで、薩長らによる「武力討幕」の威勢をくじいて内戦を回避しようとしたのでした。ただ、結局この一手は、そのあとの武力討幕派による王政復古の大号令にて逆襲されることになったのです。