青鞜(せいとう)は、青鞜社が1911年(明治44年)9月から 1916年(大正5年)2月まで52冊発行した女性による婦人月刊誌です。編集長は平塚らいてう、伊藤野枝。らいてうが内縁の夫を優先した末期に、伊藤が新たに編集長になりましたが、大杉栄(男性)のもとに走って青鞜の編集を放棄した恋愛事件、青鞜メンバーの神近市子が野枝と大杉を巡って大杉栄刺傷事件を起こすなどで廃刊となりました。婦人問題を世に印象づけた意義は大きく、創刊の辞には「元始女性は太陽であった」に始まる文章を平塚らいてうが寄稿しました。
大正デモクラシー|国際協調の理想と挫折第一次世界大戦の終結をきっかけに、日本は国際社会での存在感を強めていきました。 \ 国際協調と民主主義の理想を掲げ、政治や外交の面で大きな転換期を迎えます。 国際連盟への加盟と、協調外交の推進 政党内閣の成立と「憲政の常道」 普通選挙法の制定による選挙権の拡大 ワシントン体制下での軍縮と平和への期待 一方で、経済の混乱や社会不安がその理想を揺さぶり、国際情勢の変化とともに協調路線は行き詰まっていきます。 \ 激動の時代、大正デモクラシーの光と影を、ラジレキが独自解説します。 13.第一次世界大戦 #32