金光明最勝王経について、語るためには、まず『金光明経(こんこうみょうきょう)』について触れます。こちらは、4世紀頃に成立したとみられる仏教仏典のひとつで、大乗経典に属します。日本においては『法華経』・『仁王経』とともに護国三部経のひとつに数えられる代表的な経典です。
主な内容としては、「空」の思想(色即是空の思想ってことですね)を基調とし、この経を広めたり、読誦したりして、国王が仁政を施すと、四天王をはじめ弁才天などの諸天善神が国を守護してくれて、国が豊かになるとされています。
この『金光明経』はインド・サンスクリット語から5世紀前半に漢訳されていましたが、唐の義浄(7世紀の人で、海路でインドに行ったお坊さん)が新たに漢訳したのが『金光明最勝王経』なのです。日本でも元々、最初の金光明経が伝わっていましたが、8世紀頃の奈良時代になると、この義浄訳の『金光明最勝王経』が伝わりました。
ちなみに奈良の大仏で有名な聖武天皇はこれを写経して全国に配布し、741年(天平13年)には全国に国分寺を建立していきました。国分寺の正式名称は、「金光明四天王護国之寺」だったことからも、いかにこの経典が重要視されていたかが分かるかと思います。